血中のBHBを測定する際、分娩後〜泌乳ピークに高い数値を示すことが多いですよね。
この場合の要因として、分娩後の負のエネルギーバランス(以下NEB)による体脂肪の動員が挙げられます。また、食欲不振などの臨床症状を認めた場合に、「Ⅰ型ケトーシス」「Ⅱ型ケトーシス」など分類されています。
さてこのケトーシスの分類ですが、もう一つ診断の難しいケトーシスがあります。
「食餌性ケトーシス」です。
その名の通り、食べたものが原因となり、「ケトーシス」になってしまうという疾病です。
ではどんなものを食べた場合になるのでしょうか?
正解は「酪酸」です。
今回は「食餌性ケトーシス」のリスクのある事例を紹介しながら、診断までのプロセスを解説します。
β-ヒドロキシ酪酸(BHB)とは
BHBはアセトン、アセト酢酸と同じケトン体の1つとして定義されています。
アセトンは揮発性が高いため、体表や呼気から外気に揮発します。わたし達がケトン臭として認識しているのはこのアセトンですね。
アセト酢酸は主に尿中へ排泄されます。尿スティックなどのケトン体測定に利用されます。アセト酢酸は物質として不安定であるため、アセトンに容易に変化します。
排泄された尿からアセトン臭がするのはこのためですね。
最も安定して存在しているのがBHBです。そのため、血液中の「ケトン体」の測定基準として利用されています。
酪酸(4:0)とは
「酪酸」と聞くと正直悪いイメージがありますよね。
たしかに、サイレージの発酵不良(クロストリジウムによる酪酸生成)や悪臭、ケトン体の増加など悪い点はあります。しかし、この「酪酸」は良好な第一胃内の発酵により生成され、エネルギー源として利用されています。さらに、乳脂肪の合成にも利用されます。また絨毛の発育にも関与していると報告されています。
「酪酸」には悪い面だけでなく良い面もたくさんありますね。
「酪酸」は、酢酸とプロピオン酸と並んでVFA(揮発性脂肪酸)の一種であり、「短鎖脂肪酸」と分類されています。通常では水に溶けないため、アルブミン(タンパク)と結合し血液中を移動しています。このことから「遊離脂肪酸」もしくは「FFA」「NEFA」と呼ばれています。
つまり負のエネルギーバランスに陥ると、酪酸由来のNEFAはケトン体生成によりBHBに変換されます。
酪酸がBHBに変換されるルートはもう一つあります。
それは第一胃粘膜での生成です。酢酸とプロピオン酸が第一胃粘膜で半分近くがそれぞれ、二酸化炭素、乳酸に変換されます。一方で、酪酸は90%がアセト酢酸やBHBなどに変換されます。この場合の血中BHBの増加は、第一胃の活発な発酵を評価する指標にもなっています。
BHBの評価
BHBの数値の増加は主に2通りあります。
- NEB(負のエネルギーバランス)下での体脂肪動員によるNEFAの増加をともなう場合
- NEFAの増加をともなわず、第一胃内の酪酸の増加(産生量↑or摂取量↑)をともなう場合
- 特に過剰に酪酸を含んだ飼料を摂取した場合(200g以上/日)、食欲不振などの臨床症状を認めることがある
2が「食餌性ケトーシス」のメカニズムとなります。酪酸の摂取量が50g以上でもBHBの増加が報告されています。
農場事例
「よく食べているのに、ケトン体も上昇し、治療してもなかなか下がらないですね。」
「分娩からだいぶ経過しているのに、この牛もケトン体が上昇していますね。」
この農場に往診に行く獣医師が口をそろえて話す内容です。
畜主も
「今まで普通に食べていたし、乳量のピークも過ぎているのに、急に食べなくなったんだよね。」と
エネルギー不足を疑うような給与メニューでもなかったし、サイレージの品質不良(臭い、色)の感じも正直分からなかった。(あの酪酸臭も気にならないくらい…)
やはりおかしいと確信したキッカケは、繁殖検診の際に健康牛からBHBを測定した時だった。
測定した牛全てが 1.5mmol/L 以上。しかし…普通に食べている。
とにかく給与している自給飼料(イネWCS)を飼料分析に出すことにした。
散々たる結果だった。(自分の目も鼻も駄目でした…)
Vスコアは100点満点中 31点 。酪酸も 0.5% 以上もある。
この農場では、このサイレージを原物で10〜12kg給与している。
計算上は50〜60gの「酪酸」の摂取量になる。
臨床症状は出ないレベルの摂取量ではあるが、BHBの増加の要因としては疑われる。酪酸臭が強いと採食量も落ちるはずだが、このサイレージでは採食量は落ちていなかったそうだ。
今後の対策(現在進行中)
- サイレージの発酵品質の向上
- 特に刈り取りの際に土の混入を防ぐ
- 給与量の変更(減少)
- 「酪酸」は水で洗い流せるとのことだが…(今回は保留)
- 定期的な飼料分析の実施
- ロットによって品質がばらつく
今回の事例では、酪酸含量の増加したサイレージを給与していたことから、潜在性の「食餌性ケトーシス」と診断しました。しかし、第一胃内の活発な発酵については、BHBがどの程度上昇するのか経験がないため、否定もできませんでした。
やはり確定診断のためには、「NEFA」の測定が望ましいのかもしれませんね。とりあえず、上の対策から始めて見ようと思います。
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